Lawless Area

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風立ちぬ(ネタバレあり)


本日は、そう、1日。

女装をする勇気も無ければ、したところでブスになるためバレてしまう私はレディースデーを活用できない。

そんな私にとっては、月に一度の映画が1,000円で観られる日である。



そこで、タイミングも良かったので、最近公開したばかりの「風立ちぬ」を観に行ってきた。

この作品、設定や内容、監督が誰か等ではなく、ある事で公開前から大変話題となった作品である。



主人公(CV.庵野秀明)



こう文字にしてみて改めて思うが、尋常じゃないほどの違和感。

名前だけ聞いても「???」という人もいるだろうが、エヴァの監督をやっている人だと言えば、誰もがその違和感に納得するだろう。

宮崎駿、ふざけ過ぎである。



とはいえ、流石にずぶのド素人を、モブではなく、脇役でもなく、主人公に起用するのだから、そこそこ聞けるぐらいにはなっているはずだ。

そう思いつつも変な緊張をしながら見始めたのだが、意外や意外、そこまで悪くな・・・んっ・・・?

何か、声が、高いぞ・・・?女性が少年の声を出しているような、そんな感じがするぞ・・・?

開始直後に爆笑しないように気を付けていたら肩透かしを食らってしまった、少年期は別の人が声を当てていたようである。



で、だ。

冒頭の少年期はすぐに終わり、成長した青年の姿となった主人公、電車の座席に座っていた彼が席を譲るシーンにて、主人公の堀越二郎(CV.庵野秀明)、注目の第一声を聞いたところ・・・。



こいつはひでえ!!



「どうぞお座りください」的な一言、そのたった一言にもかかわらず見事な棒演技である。当たり前だ、監督だぞ。

どうすんだこれ、内容入って来ないぞおい。

きっと劇場に居た人の何人かは、同様に頭を抱えたに違いない。



そんな世紀のミスキャストをやらかした気配がプンプンするこの作品だが、内容はどうだったのか。

私の中では「もののけ姫」がピークで、そこからどんどん微妙になっていき、千と千尋を密かに遺作だと思っていたのだが、果たして。



あらすじをざっくり話すと、飛行機に魅せられた1人の少年が、乗るのではなく、“美しい”飛行機を自らの手で作るという夢を持ち続け、成長していくというお話。

主人公である堀越二郎(CV.庵野秀明)を通じて、人が夢を叶えるべく一生懸命生きる素晴らしさと美しさ、そんなものが描かれていたように思える。

堀越二郎(CV.庵野秀明)という青年がとても純朴で嫌味がないため、観ていて嫌な気持ちになるような事が一切無かったのが非常に良かった。

ドラマティックな起承転結で言うところの「転」こそなかったが、1人の人間が夢を追い続け、時には挫折し、恋をし、悩み、決意し・・・という、ありふれていそうで、そうでもなさそうな、そんな物語が何故か心地よかったように思う。

もののけ姫」のような芸術性はないものの、これはこれで悪くはないんじゃないか、そんな作品だった。

そんな中、特に印象的だったのは、主人公に対してカプローニが言った「創造の期間は10年間、その10年は一生懸命やりなさい」というような言葉。

この作品はもしかして、宮崎駿が自分の作品を創造するという職業に対して、何かしら思うところがあってそれが反映されているのではないか。そんな事を観ていて思わせた。



また、最初は危惧していた声優、庵野秀明も、物語が進んでいくうちに味があるというか、気にならなく



なるわけねーだろ!!!!!



無理だよ無理!無理なもんは無理!!

いやね、良いんですよ?声優さんが嫌いだか、使いたくないだかなんだか、個人的には思うところもありますが、何かこだわりがあるんでしょうな、そこは別にそういうものなのかなとも思いますよ。

それで芸能人をあえて使うってのも、いってもまあ商売ですから、仕方ないのかなと割り切っていましたよ、ええ。

でもね、流石に「となりのトトロ」の時みたいに脇役ならまだしも、主役にド素人を使うのはやっぱり無理がありましたよ、もうね、ホットペッパーのアテレコみたいでしたもん。

声優は過剰な演技で不自然だから、自然な感じの方がいいというポリシーは結構ですけど、それで観てる人が違和感を覚えるのはどうなんでしょうね、オナニーでしかない気がしますけどね。



ということで、庵野監督が内心「参ったなあ」と思っていたなら気の毒だが、本当に酷い演技だった。

特に最後のシーンで、主人公が悲しみを乗り越え前に進もうと思いを噛み締めるところ、新喜劇ならずっこけているところである。

あえて自然な感じを出すためだか何だか知らないが、主人公の後ろに常に「庵野秀明」がちらつくどころか、「庵野秀明」の後ろに常に主人公がちらついているような状態。

こんな状態では、作品にどっぷりと浸かれるわけもなく、いくつかジーンとするような場面もあったが、今ひとつ感涙できなかったのは明らかに声の違和感のせいだろう。

別に私がオタクだから声優を使えと批判しているわけではなく、単純に本末転倒というか、作品から声優の存在感を消して「青年、堀越二郎」という人格を確立させたいのであれば、やはりド素人を使うというのはダメだろう。

声優さんじゃなくても違和感を覚えないような声をあてられる人はたくさん居るのだから、どうしても嫌だというのであればせめて棒演技をしない人選をお願いしたいものである。

作品が中々に良かったと思えた分、残念でならなかった。



とまあこんな感じなので、棒演技が気にならない人、ジブリファン、庵野が声優とかウケんですけど、というネタ目的の人は、観て損のない作品だと思う。

が、ホットペッパーのアテレコが2時間続くだなんて耐えられない!という人や、「昔のジブリはうんぬん・・・」という懐古厨の方には、あまりオススメできない、そんな作品だった。